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競馬小説 -地方競馬の空に- リクオウ編(第1回)


 「うそー!ついに入厩!」携帯のメールを見て、突然栞は声をあげた。
大学の帰りに、新宿駅前のファミレスで一緒に夕飯を取っていた友人の里奈は、その声に驚き「突然どうしたの?ニュウキュウって?」と尋ねた。

 「リクオウの半妹、ウメコが厩舎に入ったのよ!リクオウは、父親がゴールドアリュールだったけど、ウメコはクロフネをつけたの。母親はミスプロ系なんだけど、 リクオウでサンデー系つけたから、今度はフレンチデュピュティ系つけようって話になってさ。それで産まれたのが、ウメコなのよ!芦毛で可愛い牝馬でさ。 オーナーの佐久間さんが、私に名前付けさせてくれたの。ちょうど、梅が咲く季節に産まれた仔でさ、ウメコにしたんだぁ。」と栞は、目を輝かせて言った。

 里奈は「うんと、それって栞が大好きな競馬の話?ゴールドなんとかとかさっぱりわかんないけど、栞が好きだったリクオウって馬の妹がウメコなのね?」と確かめるように聞いた。
 「うん!リクオウって私がお世話してた時期があった馬だったんだよね。すごく強いってわけじゃなかったんだけど、人懐っこくて可愛い仔だったの。 だけど、事故で亡くなってしまって。」栞は2年前の夏を思い出していた。

 2年前の高3の夏休み初日、部活から帰ると母の美恵子が神妙な面持ちで栞に言った。「お母さんとお父さん離婚することになったから、夏休みの間、 栞は高知の敬太おじちゃんのところに行ってて欲しいの。」
 「え!?離婚って突然・・・まぁ、お母さんとお父さんの決めたことだから仕方ないけど・・・」以前より、父親は家に帰ることがほとんどなく、 父と母の仲が悪いのはわかっていたが突然の離婚に、栞は複雑な気持ちになった。
 しかし、一方で離婚という決断が父と母にとって最善の選択だったのだろうとも思った。

 「ごめんね・・・」美恵子は申し訳なさそうに言った。
 「私は大丈夫だよ!お母さんとお父さんの決めたことだし。ねぇ、高知の敬太おじちゃんって、馬のお世話してるんだよね?」栞は母を気遣い明るく言った。
 「そうよ・・・競馬に使う馬を管理している調教師をしてる。そこの馬がいる厩舎の上に空き部屋があって、そこに栞の部屋を作ってくれるって。」美恵子は、 栞の明るさに少し元気を取り戻し答えた。

 「じゃあ、馬がいるところに私住むの?馬好きだから嬉しいなぁ。敬太おじちゃん、私にもお手伝いさせてくれるかなぁ?」栞は、競馬についての知識はなかったが、 元来の動物好きに加え、小学生の頃、家族で行った北海道旅行で馬に乗ってから、馬が特に好きだった。また、叔父の須藤敬太には、 中学2年の時に母方の祖父の葬式で会ったきりだったが、ざっくばらんな明るい性格で、栞は好感を持っていたため、 父と母の離婚問題には複雑な気持ちではある一方、高知へ行くことに興味が沸いてきていた。

 「どうかな?後で敬太おじちゃんに聞いておいてあげるよ。とりあえず、明日朝一の飛行機取ったから、今日中に準備してね。」美恵子は、 申し訳ない気持ちと同時に、このような状況下でも前向きに明るい娘を微笑ましく、そして逞しく思った。

 「わかった!」栞は、急いで自分の部屋がある2階に駆け上がると、準備を始めた。服、化粧品、携帯の充電器、パソコン、 受験勉強のための参考書など一式を詰め込むと思い立ったように携帯電話を手にしてメールを打った。

 『明日から夏休み中、高知の叔父の家に行くことになったので、部活休むね★また、学校始まったらよろしくぅ(^^)♪』同じテニス部の恵梨に。

 『ごめん!!明日から、高知の叔父の家に夏休み中行くことになったから、約束してた隅田川の花火大会行けなくなった!』花火大会に行く約束をしていた、 友人の志穂、美緒、修二、大祐に。

 恵梨から『了解!また2学期からテニスしよー★』とすぐに返信があり、その後続けて修二から「栞が来れないなら、俺花火に行く意味ない・・・栞と花火が見たかった・・・」 とメールが来たが、栞はメールを読んだだけで修二に対して返信をしなかった。
 以前から、修二が自分に気があることはわかっていたが、友達としては付き合えても、恋愛関係になるには、修二のマイナス思考な考え方が栞とは合わないと感じていたからだ。

 携帯を閉じた栞は、ベッドに横になり、高知にある厩舎、そして競馬場はどんなところかと想像を巡らせた。パソコンで調べるか、 美恵子に聞けばある程度の情報はすぐに得られるかもしれなかったが、考えることで父と母の離婚問題も忘れられるし、想像することが楽しかったので、 あえて積極的に情報を得ることをしなかった。
 北海道の牧場みたいな厩(うまや)に馬がいるのかな?何頭くらいいるのかな?どういう風に競走馬の調教ってするんだろう?東京で生まれ育ち、 競馬とも無縁だった栞にとっては、すべてが未知の世界に感じられた。

 「栞ー!ご飯よ!」1階から美恵子が呼ぶ声で、栞は現実へ意識を引き戻しベッドから起き上がり、部屋を出て1階のリビングに向かった。
 テーブルの上には、カレーライス、オニオンスープ、サラダが並べられていた。
 「やった!カレー!」栞は嬉しそうに言った。
 「一番好きな食べ物だもんね。あ、そうそう、敬太おじちゃんが寝藁の交換と馬のブラッシングなら手伝わせてくれるって。」
 「寝藁?」
 「馬房で敷いてるワラのことよ。馬の布団替わりみたいなものだって、敬太おじちゃん言ってたよ。」美恵子はエプロンを外して、テーブルについた。
「うわぁ!楽しそう!」栞は、目を輝かせながら、椅子に腰を下ろすと、カレーを食べ始めた。母の作ったカレーの味が口の中に広がると、 1か月間母と会えないことが少し寂しく感じられた。  



 翌日、栞は目覚まし時計でセットした時間より早く目覚めると、シャワーを浴びて、丹念に日焼け止めを塗って、メイクをすると、 長い栗色の髪を後ろでまとめポニーテールにした。そして、クローゼットから夏らしいピンクの小花柄のワンピースを取り出して着替え、 去年の誕生日に美恵子からもらった星形のネックレスを付けると、1か月分の荷物を入れたトランクとヴィトンのハンドバッグを持って玄関に向かった。
 その音で、美恵子もリビングから玄関に出てきた。美恵子は、高知への航空券と朝作ったお弁当を栞に渡すと、涙を浮かべて「気を付けてね」と言った。
 栞も、そんな母の顔を見て悲しくなり、涙目になりながら「大丈夫だよ!楽しい夏休み過ごしてくる。」と目いっぱい明るく答え、外に出た。

 心配そうに見つめる母の姿を背に、家の角を曲がると、最も近い京急線の大森海岸駅に向かった。まだ、朝の早い時間とはいえ、気温はすでに28度を示し、 もわっとした空気が立ち込めていた。駅前の信号を待ちながら、ハンドバッグからハンカチを出して汗を拭いていた時、聞きなれた声でふいに名前を呼ばれた。
振り返ると、そこには父親である健一が立っていた。

 「お父さん!」
 「栞、こんなことになってごめんな。」と申し訳なさそうに言った。
 「お父さんとお母さんが決めたことだし、仕方ないよ。それより、ここで私が来るの待っていたの?」栞は、あまりにもタイミング良く父親が現れたことを不自然に感じ、尋ねた。
 「あぁ。家には帰りづらいから・・・」と言いながら、栞に封筒を差し出した。
 栞は受け取ると封筒を開けた。「10万も!?お父さん、ありがとう!」
 お礼を言って見上げると、父は栞に背を向け歩き始めていた。その背中は寂しげに見えた。美恵子とは今後も暮らすことになるが、健一と会うことは少なくなるだろう。 あまり家にいることはなかったが、とても優しい父親だった。 

 信号が赤から青に変わると、栞は悲しい気持ちを振り切るように、駅のホームに向かって走った。ちょうど、ホームには羽田空港行きの電車が来たところで、乗り込むと一番端に座った。

 隣の平和島駅に電車が到着しドアが開くと、綺麗なうぐいす色の着物を着た老女が乗りこんできた。老女は栞の隣に腰を下ろすと、栞のほうを向いて 「夏休みで、旅行かい?」と話しかけてきた。
 「まぁ、そんなところです。高知の叔父の家に行ってきます。」と栞が答えると、「そうなのかい。高知は、私の旦那の故郷でね、旦那が馬主をやっていて、 高知でも預けているから、年に2回は行っているよ。」と優しい笑顔で老女は言った。
 「え!本当ですか!?私の叔父は、高知で調教師をしているんです。須藤敬太っていうんですけど。私、その厩舎の上に夏休みの間住むんです。」
 「あら・・・須藤先生、旦那が預けている厩舎だよ!そうかいそうかい。お姉ちゃん、須藤先生の親戚なんだね。リクオウってのがうちの馬だから、可愛がってあげてね。」 老女は驚きと嬉しさが混ざったような表情で言った。
 「リクオウですか。めいっぱい可愛がります。」栞は満面の笑みで答えた。

 老女は京急蒲田駅に着くと、栞に「須藤先生によろしく」と伝え電車を降りた。栞は「はい」と言って、老女に会釈をした。
 羽田空港に着いて、搭乗手続きを済ませると、栞は携帯電話を取り出し、敬太に電話をした。「もしもし、敬太おじちゃん?栞だけど今から向かいます。10時に高知に着く予定です。」
「おう!栞ちゃん。10時に駅に着くように迎えにいっからな。」明るい敬太の声が受話器越しに聞こえた。  

 1時間ちょっと飛行機に乗り、高知空港の到着ロビーを出ると、白いTシャツに濃いブルーのジーパン姿の敬太がすでに待っており、栞の姿を認めると 「おー!」と笑顔で手を振ってきた。
 真っ黒に日に焼けした顔から見える白い歯。細身ながらに筋肉質な身体。もう、50歳くらいであろうけど、 都会にいる同年代くらいのサラリーマンに比べると若々しく、どこか少年ぽささえ残るその姿は、祖母の葬儀で会った時と変わっていなかった。

 栞も敬太の方に歩いていくと、「お久しぶりです。今日からお願いします。」と言った。
 「そんな、堅っ苦しいこと言うなや。よし!厩舎で馬たちが栞ちゃんのこと待ってっから、さっそく厩舎に行くべ。」敬太は、 栞が持ってきたトランクを持ち上げると駐車場に向かって歩き始めた。
 “馬が待っている”という言葉に栞は嬉しくなり、軽い足取りで敬太の後に続いた。これから、どんな一か月になるのだろうか。栞はとてもワクワクしていた。



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