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競馬小説 -地方競馬の空に- リクオウ編(第4回)


 翌日、栞が前日と同じようにリクオウの寝藁を交換し終えると、敬太は栞に言った。
 「手押し車押して、ボロ場にボロ捨ててきてくれんかい?」
 「いいよ!ボロ場ってどこ?」
 「ほら、ちょうど戸村厩舎の手前にあるコンクリートで囲ってあるとこや。」敬太は、厩舎沿いの道に出て、戸村厩舎の方を指しながら言った。
 栞が敬太の指す方に目をやると、コンクリートで囲まれた、ゴミの集積場のようなところにたくさんの馬糞が集められているのが見えた。
 「ボロは、ボロ場に捨てておくとな、後から業者さんが全部持ってってくれるんや。」
 「そうなんだぁ。ゴミの収集と一緒な感じなんだね。じゃあ、捨ててくるね。」栞は言いながら、ボロが入った手押し車に近づくと、取っ手を持ち、ボロ場に向かって歩き始めた。
 「車輪一個しかないからバランス崩さんように気ぃつけてな。」

 敬太の言うとおり、車輪が1個しかないため、バランスを取るのが難しかった。また、大量のボロの重みがあるため、力も必要だった。 栞は、やっとのことでボロ場まで着くと取っ手を前方に倒し、手押し車のボロを捨てた。
 辺りには馬糞が発酵したような匂いが立ち込めた。
 「くさっ・・・」栞は思わず顔を顰める。急いで手押し車を起こし取っ手を持つと元来た道を歩き始めた。

 「おぉ!ブスな栞!すっかり厩舎の人みたいになっとるやん。」ふいに後ろから声を掛けられて振り向くと、将太が黒鹿毛の馬を引いて立っていた。
 「不細工な将太さん、おはようございます。昨日から寝藁の交換手伝ってるんです。」栞は、慇懃無礼に言った。
 「ほー、馬糞なんて汚くて触れませんって言うかと思うてた。意外やわ。」将太は本当に驚いたという顔で栞を見た。
 「私馬好きだもん。昨日も私がリクオウの寝藁交換したら、リクオウが気持ち良さそうに寝てて嬉しかったし、全然ボロ汚いって思わないよ。」
 「ボロって言葉も覚えたんかぁ。あ、リクオウって優一が調教つけてる馬やろ?」
 「そうだよ。昨日調教見たけど、リクオウも優一さんも美しかったなぁ・・・」栞は昨日見た光景を思い出し、うっとりとした目で言った。
 「あのコンビは誰が見てもええって言うわ!って、栞、優一に惚れたん?ブスには、優一は落とせんで?あいつにはファンがいっぱいおるし。」意地悪そうに笑って、将太が言う。
 「一日何回ブスって言えば気が済むのよ!それに、優一さんに惚れてません!」

 将太が手綱を持っている馬が待たされていたことに飽きたのか、前掻きを始めた。
 「お、ごめんな、シリウス。」言いながら、将太がシリウスの鼻を撫でる。
 「あ、その仔、将太さんが昨日調教してた?」栞は昨日の将太の真剣な目つきを思い出し、少し頬が紅潮していくのを感じ、それを隠すようにシリウスを見ながら言った。
 「シリウス調教つけてたのも見てたんか。こいつ、めちゃめちゃ強いんやけど、コース真っ直ぐ走らんで、内にササる・・・あ、内に向かって走っていく癖あるから、調教難しいんや。」将太もシリウスを見ながら言う。
 「そうなんだぁ。そういう馬もいるんだね。」栞は、将太をちらっと見て言った。将太のシリウスを見る目が、昨日調教を付けていた時の眼差しと重なり、鼓動が早まるのを感じた。
 「そうやで。他にも頭の高い馬とか、口向き悪い馬とか・・あ、そろそろシリウスの調教行かな!」将太は、栞に手を振るとシリウスを引いて馬場の方へと歩き始めた。

 栞が厩舎へ戻り、手押し車を置いて洗い場を覗くと、リクオウが繋がれていた。佃が洗い場に取り付けてあるシャワーで、リクオウの体を洗っている。
 「佃さん、おはようございます。馬って毎日洗うんですか?」
 「あ、栞ちゃんおはよう!そうやで、結構調教コース走ると砂が馬体に付くから洗わんとなぁ。特に夏は馬も人間と一緒でよう汗かきよるし、不潔にしてたら、 皮膚病の原因にもなるんや。」言いながら、佃はリクオウの全身を洗い終えたのを確認し、シャワーを止めると、汗こきを手にした。
汗こきとは、馬の体から水を切るために使う道具で、半円型のステンレス製の中央に取っ手がついているものである。

 「そうなんですね。結構デリケートなんですね、馬って。」栞は佃の手入れの様子を興味深げに目で追いながら言った。
 「本当デリケートやわ。気遣こうてても病気になってしまうこともあるしなぁ。ずっとやっててもわからんこともある。一生勉強やわ。」佃は、 リクオウの毛並みに沿って、汗こきをかけている。
 「一生勉強ですか。でも、終わりがない仕事って追及していけるから楽しそうですね!」
 「そうやね。確かに終わりがないからずっと飽きんでやってられるんかもしれん。あ、栞ちゃんブラッシングやってみっかい?」佃は汗こきを隅に置くと、 脇にある箱からブラシとタオルを取り出して、栞に差し出した。
 「わーい!どうやるんですか?」栞は嬉しそうに佃から受け取ると、尋ねた。
 「馬の横に立ってな、片手にタオルを持って、反対の手にブラシを持つんや。そいで、最初にタオルで馬体を拭いて、それから毛並みに沿ってブラシかけるんや。 馬の後ろに立つと蹴られるから、後ろに立ったらあかんで。蹄鉄履いてるから、蹴られたら命も危ないで。馬の仕事しとって馬に蹴られて命落としたやつもいっぱいおる。」 佃は真剣な目つきで言った。

 「わかりました。気を付けます。」栞は、リクオウの横に立つとリクオウの横腹を優しくタオルで拭いた。滑らかな毛並みがタオル越しに感じられた。
 タオルで拭いたところを右手に持っていたブラシで、毛並みに沿ってブラシを動かすと栗色の毛に混じって、細かい埃のようなものが宙に舞った。太陽に照らされて、 舞った栗色の毛がキラキラと光っている。
 「どうや?うまくできそうか?」佃は、リクオウの右前脚を持ち上げ、“うらほり”と呼ばれる鉤状の道具で、蹄底に詰まっている土や汚物を取り除きながら、言った。
 「なんとかできそうです!楽しいですし!」栞は答えながら、ブラッシングしたリクオウの体に頬をつけてみた。暖かいリクオウの体温が頬を伝わる。

 全身ブラシをかけ終えて佃を見ると、リクオウの蹄に油のようなものを塗っていた。
 「それ何ですか?」栞は、タオルとブラシを元あった場所に戻しながら、尋ねた。
 「あ、これか。これは蹄油言うて、馬の爪が割れたりするのを防ぐんに塗るんよ。さ、これで終わりや!リクオウお疲れ様。厩(うまや)でご飯やで!」佃は、 蹄油を片づけると、リクオウの手綱を引いて、馬房へと歩いた。

 馬房に入るとリクオウは脇に吊るしてある水桶の水を飲み始めた。栞がその様子を眺めていると、佃は餌箱に餌を入れて持ってきて水桶の横に吊るした。
 中を覗くと、えん麦、乾燥したコーン、すりおろした人参などが入っていた。牧草に混じって、糖蜜の甘い匂いがする。
 佃は、餌の中には、配合飼料とえん麦が1升、大豆粕が半升、それに塩、ミネラル、カルシウムの添加物、人参が入っていると栞に説明した。
 リクオウは、水桶から餌箱に顔を移すと、口を入れてモグモグと餌を食べ始めた。時折顔をあげると、口元に細かい餌がついていて、その姿が可愛らしかった。 厩舎での生活は想像以上に楽しく、魅力的だ。厩舎の人たちもぶっきらぼうだけど皆優しい。そう思いながら、栞はリクオウが餌を食べている様子をずっと眺めていた。



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