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競馬小説 -地方競馬の空に- リクオウ編(第7回)


 翌日、栞が寝藁の交換を終え、洗い場に行くと、敬太と佃がリクオウの次戦について話しているところだった。
 「レース後も疲れはでてない感じやで。」佃は洗い場に繋がれているリクオウを見た。
 「そうやな。問題なさそうやな。これなら、2週間後の次開催でも、使えそうやな。」敬太は、リクオウの脚を1本1本問題がないか触りながら言った。
 「リクオウ、今度は2週間後に走るの?」二人の会話を聞いていた栞は、尋ねた。
 「その予定や。そういえば、2週間後っちゅーと、栞ちゃんが東京に帰る前日やな。最後にいいレース見せてやりたいなぁ。初のオープン戦やしな。」敬太が言う。
 「わー!また、リクオウが勝つところみたい!!」栞はリクオウに近寄ると鼻づらを撫でた。
 「一番いい状態でレースに出せるようにすっからな。」佃が力強く言った。

 「おはようございます!敬太先生、昨日はご馳走様でした!」後ろから聞こえた元気な声に3人が振り返ると、笑顔の美鈴が立っていた。
 「あ!美鈴さん!!どうやって、トレセン入ったんですか?」栞が聞くと、
 「よくぞ、聞いてくれました!!昨日、優一に攻め馬してるとこ見たい言うたら、トレセン着いたら連絡くれたら入れてくれる言うたんや。 優一の連絡先もゲットできたし、優一の攻め馬しとるとこも観れるなんて最高やな。」と美鈴が自慢げに言う。

 「美鈴ちゃん、昨日は遅くまで祝勝会付き合ってくれてあんがとな。二日酔いは大丈夫?」敬太は美鈴を気遣った。
 「先生、二日酔いは全くもって大丈夫やで。なんたって、私は居酒屋で働いてるし、仕事後も毎日飲んでますから。競馬とお酒は誰にも負けませんで。」仁王立ちして 豪語する美鈴の様子に、一同が笑った。

 「朝から楽しそうやのう。美鈴ちゃんさっそく来てくれて嬉しいわ。」厩舎の前を通りかかった優一が、4人を見て言った。優一の隣には、シリウスを引いた将太が立っていた。
 「おはよう。シリウスも次の開催で走るの?」栞は将太に尋ねた。
 「おはよ。それがなぁ、レース後の上がりは問題なかったんやけど、今朝、挫石しよってなぁ。テキと獣医と相談して、近くの牧場に休養出すことになって、 今、馬運車待っとるとこや。昨日のレース内容良かったし、次も期待してただけに、ほんま悔しいんやけど。」将太が悔しそうに言った。

 「ザセキって何?悪い病気?」栞が不安げに聞いた。
 「挫石言うのは、石とか硬いものを踏んで、蹄の底の部分が内出血を起こしてしまったこと言うんや。命に問題ないし、しばらく安静にしよったら完治して、 また元気に走れるようになるから心配いらんで。」優一が優しく言う。
 「それなら良かった!ゆっくり休んできてね、シリウス。」栞は笑顔を取り戻すと、シリウスに近づき鼻先を撫でた。熱い呼気と柔らかな触感が手に伝わった。  

 「あ、俺これから調教つけに行かな。美鈴ちゃん、栞ちゃんと観に来たらどうや?」優一が美鈴を見て言う。
 「行きたい!行こうや!栞ちゃん!!」美鈴は目を輝かせて即答すると、栞の腕を掴んだ。
 「うん。行こう。」栞と美鈴は、馬場に向かう優一の後に続いて歩き出した。

 「そういえば、優一って、なんで騎手になろうと思ったん?」美鈴が尋ねた。
 「モテたいからや。」前を歩いていた優一が振り返って、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
 「優一の顔やったら、どんな職業でもモテるやん!こんなイケメン、なかなかおらんし!」美鈴が言う。
 「美鈴ちゃん、公衆の面前で、そんな面と向かって褒められたら照れるやん。でも、美鈴ちゃんのそういう思ったことは、はっきり言うとこええなぁ。可愛いなぁ。」 言われた美鈴の顔がどんどん赤くなっていくのが、栞にもわかった。
 「な・・・いきなり褒めんでください。」美鈴は、明らかに動揺した様子でだった。

 「ははは、ごめんな、美鈴ちゃん。そうそう、俺が騎手になろうと思った理由は、小さい頃から親父と競馬観とったんやけど、そん時から騎手カッコいいなぁ、 俺もなりたいなぁとは思っとってな。ちょうど、小学校4年の時に、地方競馬でむちゃくちゃ強い馬おって、地方からの殴り込みで、有馬記念出たんやけど、 さすがに中央では歯が立たないだろうって言われてたんやけど勝って、さらに翌年春の天皇賞も勝ってな。そん時、乗り役も地方の乗り役だったんやけど、 最後まで諦めんで、最後までしっかり追う騎乗スタイルが好きでな。中央と地方でだいぶ馬のレベル違う言われて勝つのは難しい中でG12冠やろ。 えらい感動して、絶対俺も騎手になる思うたんや。今は、昔以上に中央と地方の馬のレベルの差が開いてしもうたけどな。俺もいつかは、地方馬で中央のG1制したいと思うとる。」
 「優一なら・・・優一なら絶対G1勝てる!!!」美鈴が真っ直ぐと優一を見て、力強く言った。3人がちょうど馬場に着いたところだった。
 「ありがとう。とにかく、頑張らなあかんね。」優一は、美鈴と栞に笑顔を向けると、「じゃ、また」と言って、調教を待っていた馬の方へ走って行った。  

 「ヤバい、栞ちゃん。優一にマジ惚れしてもうた。」美鈴は、栞に向き直って言う。
 「てっきり、今までも本当に好きなんだと思ってました。」
 「今までも、大好きやったんやけど、ファン的な気持ちの大好きやったんや。だけど、ほんまに惚れてしもうた・・・そういえば、栞ちゃんは将太のことどう思うとるんよ。」  二人はスタンドに入ると、調教が見やすい場所を探し、椅子に腰かけた。
 「え・・・わ、私!?」
 「そや。栞ちゃんだって青春まっさかりの年齢やろ。それに将太となんか雰囲気いい感じやないか。将太も不器用そうやけどなぁ。」言って、美鈴は笑った。
 「し、正直、将太さんのこと気になってます。でも、絶対絶対誰にも秘密ですよ!」栞は小声で言うと、口の前で人差し指を立てた。
 「わかっとるよ。こう見えても私は口が堅いんやから!」

 「でも、美鈴さんみたいにストレートに思ったことを本人目の前にしても言えるの憧れます!」
 「昔は私もはっきり言えん性格やったんや。高校ん時仲良かった男友達に付き合おうって言われとったけど、自分も好き言うのが恥ずかしくて、 お前なんか好きにならんとか言うててね。そしたら、夏休みにバイクの事故で、亡くなってしもうてな。それから、人間いつ死ぬかわからんし、 思ったことはちゃんと伝えようって考えるようになったんや。」美鈴が昔を思い出すように遠くを見つめて言った。

 「そうだったんですね。確かに、いつ何があるかわかんないですもんね。」
 「そう。だから、栞ちゃんも将太に好きって伝えたほうがいいで!」
 「ちょ・・・それは、まだ秘密ですって!あ、美鈴さん、優一さんですよ。」栞が、必死に将太のことから話題を逸らそうとしたところに、 ちょうど優一が鞍上した芦毛の馬がキャンターで二人の目の前を通り過ぎて行った。
 「おー!!優一の調教しとるところ、初めて見たわー・・・むっちゃ痺れるわ!!」美鈴は立ち上がって、優一を目で追った。

 朝日に輝く美鈴の嬉しそうな顔を見て、美鈴のような素直さを父と母も持ち合わせていたら、離婚に至らずにすんだのかもしれないと思った。



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